心配していた天気も良く、朝8時の出発にもかかわらず皆さん早く集まり、総勢29名で、予定時間前に出発。
「さて、どんな旅になるのだろう」と期待とちょっとだけ不安を持ちながらの旅立ちでした。
行きのバスでは、新潟県中越地震の直後から復興の途中までのドキュメントビデオを見て、これからの予習をしながら、一路新潟へ。
新潟に着くと、予想外に暑いことにびっくりしながらも、まずはお楽しみ、名物「へぎ蕎麦」を食べて腹ごしらえ。。。
これから被災地で地震の爪あとや復興の様子を見て回るのに強力な助っ人である、長岡造形大学准教授澤田雅浩先生ともご一緒し、大きな器に一口ずつ盛り付けてある、独特な食感の蕎麦を堪能しました。

↑蕎麦の小嶋屋さん
↑みんな蕎麦に夢中です。
お腹もいっぱいになったところで、山古志村へ向けて出発。やはり、「テレビでしか見たことが無い山古志村の被害と現状を、この眼でみてみたい」という参加者の希望に応える形で、まずは、旧山古志村役場の駐車場の高台から、地震による地盤の崩落により家がすべり落ちたり道が寸断された現場の復興の様子をみました。
↑旧山古志村役場

↑駐車場からの風景
事前に行った説明会で、震災直後の写真を見ていたこともあって、地形そのものや道路がかなり変わって、景観も違う印象になったのが良く分かりました。
また、多くの土砂崩れの復旧現場を見ることで、中越地震が地盤災害による被害が大きかったことを実感することができました。

↑テレビでも放映されたヘリコプターで牛が救出された牛舎とその下の崖崩れ跡
また、中山間地域の景観や生活に合った、地元の木材を使い地方に受け継がれている建築様式を活かし、地元の工務店に発注するしくみも整った「中山間モデル住宅」も見学しました。
京島は敷地が10坪程度の住宅も多いこともあり、モデル住宅や付近の罹災者公営住宅の広さにびっくりしながらも、「こんな家に住んでみたい」という声が多くありました。
「山古志の方々は、連棟の住宅に住んだことがなかったのですが、仮設住宅の生活で慣れたので、2戸で1棟の住宅も住みやすい」という話に、「木造の公営住宅にびっくりした。京島なんて、長屋ばっかりだから、連棟の公営住宅でも全然平気」という声もありました。

↑モデル住宅を見学
↑罹災者公営住宅(2戸で1棟)
↑楢木・池谷集落の移転先「天空の郷」

↑楢木集落の今の様子(谷底にある集落が、岡の上の小学校跡地に移転)
↑被害と復興を、被災者の方々の生活復興の様子を含めて課題を指摘しながら、ユーモアを交え分かりやすくお話してくださった澤田准教授


↑昔、生活を便利にするために、地域の人達が手掘りで造った「中山隧道」
また、河道閉塞(天然ダム)のために埋もれてしまった家(国道291号木篭橋付近)の様子や再建の難しさなど、震災からの復興の難しさについて考えました。
途中、養鯉業の池で、鯉の稚魚の選別を行っている人々などもいらっしゃって、山古志の美しい風景も見ることができました。
↑養鯉池の様子
***つづく***
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